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福岡地方裁判所 昭和41年(行ウ)26号 判決

原告 株式会社 末次鉄工所

被告 博多税務署長

訴訟代理人 大道友彦 外五名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

一、原告訴訟代理人の申立

1、原告の昭和三一年九月二八日から昭和三二年九月二七日までの事業年度の法人税確定申告について、被告が昭和三四年六月二七日なした再更正決定を取消す。

2、原告の昭和三二年九月二八日から昭和三三年九月二七日までの事業年度の法人税確定申告について、被告が昭和三四年六月二七日なした再更正決定を取消す。

3、訴訟費用は被告の負担とする。

二、被告指定代理人の申立

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二、原告の請求原因

一、原告は、昭和二八年九月二八日、福岡地方裁判所において原告について更生手続を開始するとの決定を受け(当庁昭和二八年(ミ)第一号)、更生会社となり、岡部重幸が原告の管財人に選任され、昭和三八年三月三〇日、同裁判所において、原告についての更生手続終結決定を受けた。

二、右更生手続係属中、原告管財人は、被告に対し、別紙(一)の1ないし5記載のとおり、原告の各事業年度の所得額、控除欠損金額、課税所得額、法人税額等(以下所得額等という)を記載した確定申告または修正申告書を提出し、被告は同管財人に対し、同別紙記載のとおり右各事業年度における各申告書記載の所得額等を更正または再更正するとの通知をそれぞれなした(以下各事業年度の表示を、昭和二八年九月二八日から昭和二九年九月二七日までを初年度または第一年度、昭和二九年九月二八日から昭和三〇年九月二七日までを第二年度、昭和三〇年九月二八日から昭和三一年九月二七日までを第三年度、昭和三一年九月二八日から昭和三二年九月二七日までを第四年度、昭和三二年九月二八日から昭和三三年九月二七日までを第五年度という)。

三、被告は、昭和三四年六月二七日同管財人に対し、(一)第四年度分の所得金額を二、〇一〇万七、五三七円、控除欠損金を九〇一万五、五四三円、差引課税所得を一、一〇九万一、九九四円とし、同年度の法人税二七五万九、八〇〇円および過少申告加算税一三万八、〇〇〇円を納付せよとの再更正決定通知書および(二)第五年度分の所得金額を一、三二三万〇、八四七円、差引課税所得額を一、三二三万〇、八四七円とし、同年度の法人税九八万五、七九〇円および過少申告加算税四万九、二五〇円を納付せよとの更正決定通知書を発し、右各通知書は翌二八日同管財人に到達した。

四、1、同管財人は昭和三四年七月二四日被告に対して前項の各処分について再調査の請求をした。

2、被告は同年九月二一日同管財人の再調査請求を棄却し、右決定は同月二三日同管財人に到達した。

五、1、同管財人は昭和三四年一〇月二一日福岡国税局長に対し前項2の各調査請求棄却決定につき審査請求をした。

2、福岡国税局長は昭和三七年七月九日右各審査請求に対し、(一)前記第四年度分の更正処分のうち、過少申告加算税一四万一、二五〇円を三、二五〇円に変更し、その余の請求を棄却する旨の、(二)前記第五年度分の更正処分のうち、過少申告加算税四万九、二五〇円を零に変更し、その余の請求を棄却する旨の、各決定をし、右各決定通知書は、同年七月一〇日同管財人に到達した。

六、しかし、第三項記載の被告の更正および再更正の各決定(以下本件各更正処分という)は、次に述べるとおり、会社更生法(昭和四〇年法律第三六号による改正前の法律。以下同じ)第二六九条第三項(以下更生法同条項という)または法人税法(昭和三七年法律第六七号による改正前の法律。以下同じ)第三一条の二の解釈を誤つてなした違法な処分であるから、取消されるべきである。

1、更生法同条項にいう「更生手続開始の時までの各事業年度の法人税額」とは未納法人税額のみならず、既納法人税額を含めたものと解すべきである。その理由の要旨は次のとおりである。

(1) 文理上、右「法人税額」を「未納法人税額」と制限して解することはできない。

(2) 更生法同条項を分析すれば、債務消滅による益金の不算入限度額は、〈1〉更生手続開始の時までの各事業年度の法人税額(利子税額を除く)と〈2〉更生手続開始前から繰越された損金(法人税法第九条第五項または第六項の規定の適用を受ける損金を除く)の合計額から、〈3〉更生手続開始の時における法人税法第一六条第一項に定める積立金額と〈4〉法人税(利子税額および延滞加算税額を除く)の引当金の合計額を控除した金額に達するまでの金額である。右のうち〈4〉の法人税の引当金は未納法人税額と解すべきところ、かりに〈1〉の法人税額も同様に未納法人税額と解するならば、〈1〉の金額と〈4〉の金額は等しいから、〈1〉の金額から〈4〉の金額を差引くことによつて常に零となり同条項においてわざわざ〈1〉と〈4〉の各事項を設けた意味がなくなる。従つて、〈1〉の法人税額に何らかの意味があるとすれば、当然既に支払済の法人税をも含むものと解すべきである。

(3) 更生法は破綻に瀕した会社の更生を図ることを目的とした法律であり、同法同条項は更生会社の債務消滅等による益金については一般の法人の場合の如き会社の経営に直接関係のある重役等の犠牲による益金と異り第三者たる一般債権者の犠牲により生じたものであることから、会社更生の実を挙げるために、既納法人税額に該当する部分は益金の不算入限度額に組入れるとの優遇措置を講じた規定である。

(4) 右のように解しても当然に更生会社を不当に利することにはならず、かりにそのような結果が生じることがあるとしても、それは立法によつて解決すべき問題であるに過ぎない。

2、かりに、被告の解釈が正当であるとしても、被告の本件各更正処分は次の理由により違法である。

(1) 被告の処分は事実に反するか、あるいは技術的に不可能を強いる。

(イ) 被告がなした第四年度の法人税の再更正決定の理由は、同年度の繰越欠損金について六八九万九、五三一円の誤謬があり、第五年度の法人税の更正決定の理由は、会社更生法第二六九条第三項による計算について二五九万四、二一〇円の誤謬があるというが、右各金額はいずれも初年度に生じた債務消滅による益金を指すものである。初年度に生じた益金を事実に反して第四年度または第五年度に生じたものとして処理することは明らかに事実に反して違法である。

(ロ) また、初年度ないし第三年度分の各申告について何ら更正の措置を講じないで、第四、五年度の分についてだけ更正処分をすることは技術的に不可能である。

(2) 被告の決定は法人税法第三一条の二に違反し、かつ、原告の時効完成の利益を蹂躙するものである。すなわち、被告の前記更正処分はともに形式的には第四、五年度の法人税申告に誤りがあるというものであるが、実質的には初年度に生じた債務消滅による利益六八九万九、五三一円および二五九万四、二一〇円を初年度の所得としてこれを課税の対象となすべきことを命ずるものであるから、実質的には初年度の所得につき更正決定を命ずるに等しく、これは明らかに法人税法第三一条の二に違反するのみならず、原告のために既に完成した時効の利益を侵害するものである。

七、なお、第一年度ないし第五年度における原告の事業所得額は被告が前記二の手続により修正、再更正したとおりの金額であることおよび更生手続開始時において原告に法人税法第九条第五項または第六項の適用を受ける損金が二二、八九万三、八一八円存していたことは認める。

第三、請求原因に対する被告の認否と主張

一、請求の原因に対する認否

請求原因第一項ないし第五項の事実は認める。

二、被告の主張

被告のなした原告の第四、五年度の法人税についての本件更正処分はいずれも正当であり、何ら違法な点は存しない。その理由の要旨は次のとおりである。

(一)  更生法同条項にいう「更生手続開始の時までの各事業年度の法人税額」とは未納の法人税額を指し、納付済の法人税額までをも含むものではないと解すべきである。すなわち、

1、更生会社における債務消滅益は会社更生を図るために、少なくとも繰越損金若しくは実質的にそれに類する租税債務を補填するに至るまでの額につき課税しないこととしたものであり、すでに支払済となつた損金が補填の対象とならないのと同様に既に納付済となつた法人税が補填の対象になることはない。

2、財務諸表上、繰越欠損金と積立金とは対応し、また未納法人税と引当金とは右同様対応する。更生法同条項に「法人税額」に対応して「法人税引当金」を設けたのは計算の過程を示す会計処理の手法を忠実にとり入れたものであり、更生法同条項は無意味な事項を設けたものではない。

(二)  第四年度の再更正処分および第五年度の更正処分はいずれも事実に反せず、技術的にも可能な処分である。

1、第四年度分について

(1) (事実に反するとの主張に対する反駁)被告は、原告から初年度分の法人税の申告がなされた当時、更生法同条項の解釈を誤り、初年度において生じた債務消滅益六八九万九、五三一円を益金に算入せず、その結果同年度以降の繰越欠損金の算出をも誤つていたのであるが、その後昭和三四年六月にいたり同条項の解釈を誤つていたことに気付き、あらためて初年度から第四年度までの繰越欠損金額を算出し直し、請求原因事実第三項(一)記載のとおりの課税所得金額を算出したものである(なお、更生手続開始時において、原告には法人税法第九条第五項または第六項の適用を受ける損金二二、八九万三、八一八円が存在していた。)。これは、初年度の債務消滅益を第四年度の消滅益としたものではない。

(2) (技術的に不可能であるとの主張に対する反駁)控除繰越欠損金額の修正通知は翌年度以降の所得計算に際し、特に損金算入を認められる繰越欠損金額を明白にするため、便宜上行政的な措置として送付するものであり、繰越欠損金額を確定するという行政処分ではない。従つて、右繰越欠損金額を変更するために更正処分や修正通知等の措置をとる必要はない。

2、第五年度分について

原告は第五年度分の法人税の申告において、同年度において生じた債務消滅益二五九万四、二一〇円を益金に算入していなかつたので、被告は右消滅益を益金に算入して請求原因第三項(二)記載のとおりの課税所得金額を算出したものである。右は何ら事実にも反しないし、技術的にも不可能なことではない。

(三)  時効の利益の侵害等について

被告がなした本件各更正処分は、あくまで第四年度および第五年度における原告の所得を対象とするものであり、形式的には勿論のこと、実質的にも原告主張のように初年度における所得を対象としたものではないから、法人税法第三一条の二に違反したり、原告のために既に完成した時効の利益を侵害したりするものではない。

第四、証拠〈省略〉

理由

一、請求原因第一項ないし第五項の事実および更正手続開始時において原告に、法人税法第九条第五項または第六項の適用を受ける損金二二、八九万三、八一八円が生じていたこと、第一年度ないし第五年度において次のとおりの事業所得(ただし第二年度は欠損)が発生したことは当事者間に争いがない。

第一年度  二、一五万二、〇一七円

第二年度  一、九八万四、三五八円

第三年度  六、八一万一、〇八四円

第四年度 二〇、一〇万七、五三七円

第五年度 一〇、六三万六、六三七円

また、第一年度において六八九万九、五三一円の債務消滅益が発生したことは当事者間に争いがない。原告は、被告が第五年度において発生したとする二五九万四、二一〇円の債務消滅益は真実は第一年度において発生したものであると主張する。しかし成立に争いない乙第一、二号証によれば、右二五九万四、二一〇円の債務消滅益は第五年度において発生したことが認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。

二、そこで、まず右各事業年度に発生した債務消滅益が更生会社の所得計算上益金に算入されるか否かについて判断する。

本来法人の評価益または債務消滅益は法人の課税所得の計算に当つては益金の額に算入される建前である。しかし、更正手続を開始した会社においては欠損金の可及的解消のために債権者の犠牲において債務免除の措置がとられ、あるいは実質的には価値の増大が現実化していない財産について特別例外的な財産評価の方法(更生法第一八二条参照)によつて評価益を計上するものである。右のように欠損金解消の目的で発生した債務消滅益等がそのまま税法上益金として課税の対象とされるならば、会社債権者の犠牲において(債務免除の場合)あるいは何ら実質的利益なくして(評価益の場合)課税されるという酷な結果をもたらし、引いては会社の更正計画遂行もそれだけ困難となる。ただ右消滅益等を無制限に益金に算入しないものとすれば、更生会社を他の法人に比して不当に優遇することになるので更生法同条項においては右債務免除等をなす目的から考慮して右消滅益等のうち更生手続開始前からくり越された欠損金(法人税法第九条第五項または第六項の規定の適用を受ける損金を除く)および実質的には損金と同視し得べき更生手続開始の時までの各事業年度の法人税額の補填に充当するまでの金額だけを所得計算上益金に算入しないことにしたものと解せられる(なお、会社に更生手続開始時に法人税法第一六条第一項に定める積立金額や法人税の引当金などの内部留保がある場合は、まずこれらを取り崩して右損金、法人税の補填に充てるべきであるから、右損金等から引当金額を控除した額が益金不算入の限度となる(更生法同条項参照)。)。

右益金不算入の限度となる損金が更正手続開始前に発生し、当該年度にくり越された損金だけを指し、かつて存在したが現在は既に消滅した損金をも含むものでないことは更生法同条項の明文からも疑いがないが、前記の本条項の趣旨から考えればここでいう「法人税額」とは現在未納となつている法人税額だけを指し、支払済の法人税額は含まないものと解すべきである。

更生法同条項では、「更生手続開始の時までの各事業年度の法人税額」と規定されていることは原告主張のとおりである。しかし、法規に用いられる文言は、法規の意味内容を認識するための媒介としての役目を有するに過ぎないのであつて必ずしもその文言にだけとらわれて解釈すべきものではない。

かりに、原告主張のように、既納法人税額も含めるとすれば、全く同じ経営状態にある更生会社でありながら会社の過去における所得の多寡や会社の継続年数の長短(継続年数が長ければ納税額も多くなつていくのが一般である)など更生法上も法人税法上も何ら合理的な意味のない基準によつて差別をされることになる。

また、原告は更生法同条項でいう法人税額を未納法人税額と解すれば、右金額は常に同条項にいう法人税引当金の額と一致し、差引き零となるからわざわざ法人税額を不算入の限度の基準とした意味がなくなると主張するが、法人税引当金が常に未納法人税と同額だけ存在するわけのものではない。

以上要するに、更生法同条項にいう各事業年度の法人税額とは未納の法人税額だけを指すものであり、納付済の法人税を含まないものと解するのが相当であるから、第一年度および第五年度において未納となつている法人税が存在しない以上、右各年度の債務消滅益はすべて更生会社の所得計算上益金に算入されるものであり、右に基づいて第一年度ないし第五年度の所得額等を計算すれば、別紙(二)のとおりとなる。

三、次に、被告のなした更生処分は事実に反しあるいは技術的に不可能か否かについて判断する。

(一)  原告は、更生法同条項を右のように解したとしても、債務消滅益六八九万九、五三一円を第一年度の所得として処理することにより、第一年度ないし第三年度の繰越欠損金額がそれぞれ六八九万九、五三一円ずつ減少してくるわけであるから、被告がさきになした右各事業年度の欠損金額について修正処分等何らかの措置を講じなければ、第四年度の課税について更正処分をすることは技術的に不可能であると主張する。しかし、被告が原告に対してなした第一年度ないし第三年度の欠損金額の修正通知は、法人税法第二九条第一、二項にいわゆる更正その他の行政処分ではなく、単に次年度にくり越される欠損金額が申告者の考えているところと政府の認識しているところと異なることを通知し、よつて次年度の計算に役立たせようとする便宜上のものにすぎない。従つて、被告が原告に対してなした右修正通知を変更することなく修正した欠損金額を基礎として次年度以降の所得金額を算出し、更正したとしても何ら技術的に不可能なものではない。

(二)  次に、原告は、被告が第五年度において発生したとする二五九万四、二一〇円の債務消滅益は真実は第一年度に発生したものであるから、第五年度の課税の更正処分は事実に反すると主張するが、前記認定のとおり、右債務消滅益は第五年度に発生したものであり、被告の本件各更正処分は何ら事実に反するものではない。

四、第三に、本件各更正処分が法人税法第三一条の二に違反しまたは原告のために完成した時効の利益を侵害することになるかどうか判断する。

原告は、本件更正処分は形式的には第四、五年度の課税所得を更正するものであるが、実質的には、初年度に生じた債務消滅益六八九万九、五三一円および二五九万四、二一〇円について課税することになると主張するが、前記の如く、被告のなした繰越欠損金額についての修正通知自体は法的効果を有するものではなく、本件更正処分はあくまで第四、五年度における原告の所得を対象とするものであり、第一年度ないし第三年度の課税額については何らの影響を及ぼすものではないから、本件更正処分は形式的にも実質的にも第一年度の所得について課税したことにはならない。したがつて法人税法第三一条の二にも違反せず、時効の利益を侵害するものでもない。

五、よつて、被告がなした本件各更正処分には原告主張のような違法の点は認められないから、原告の請求を棄却すべく、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岩崎光次 越山安久 福井欣也)

(別紙(一)(二)省略)

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